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松山地方裁判所 昭和36年(ワ)487号 判決 1967年7月06日

主文

1  被告は、原告に対し、金五、三二九、一〇九円およびこれに対する昭和三七年二月一七日から完済まで年五分の金銭を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  この判決は、原告において金二、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

「被告は、原告に対し、金五、三二九、一〇九円およびこれに対する昭和三三年一二月三〇日から完済まで年五分の金銭を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第三、請求の原因

(一)  原告は、昭和三三年一二月九日被告と火災保険普通保険約款に基ずき、左の(イ)ないし(ホ)の各条項を含む保険契約を締結した。

(イ)保険契約者、被保険者 被告

(ロ)保険の目的物件 松山市西立花町六〇番地の一所在煉瓦造一部モルタル塗スレートおよびトタン葺平家建鋸型屋根工場連続三棟の内二棟約二六四、四六平方メートル(約八〇坪)内収容の

1 据付機械設備 一式

2 機械器具   一式

3 原料、製品、半製品、仕掛品 一式

(ハ)保険金額    七、五〇〇、〇〇〇円

(ニ)保険料     一六七、四四五円

(ホ)保険期間    昭和三三年一二月九日から一年間

なお、原告は、昭和三七年七月一九日午後一時の本件口頭弁論期日において、右(ロ)の保険の目的物件は会社の財産である旨陳述したが、右陳述は真実に反し錯誤に基ずくものであるから撤回し、被告の所有財産であると訂正する。

(二)  昭和三三年一二月二二日右保険の目的物件は火災により焼失した。原告は、失火と信じて、同年同月三〇日右契約に基ずき、保険金として金五、三二九、一〇九円を被告に支払つた。

(三)  ところが、前記火災は、放火に基ずくものであり、原告は被告から右保険金を詐取されたものであることが後日判明した。すなわち、被告、その娘和泉さ江子、その内縁の夫日高寛および〓本信子、伊藤孝之らは共謀のうえ原告から保険金を詐取しようと企て、前記保険契約を締結し、次いで昭和三三年一二月二二日放火により前記保険の目的物件を焼燬し、さらに同月二四日頃右火災損害査定に際し被告および日高寛らがこれに立会つて、原告会社査定員および損害額鑑定人に対し、右放火の事実および保険の目的物件の時価を秘匿して、あたかも右火災が反毛機の異常摩擦による失火であり、かつ保険の目的物件が保険金額相当の価値あるもののように虚構の事実を申告し、その旨査定員および鑑定人を誤信させて、右保険金を原告から騙取した。

(四)  また、本件火災保険契約では、火災保険普通保険約款第五条第一項第二号により、原告は、被保険者と世帯を同じくする家族の故意によつて生じた損害はこれを填補しない旨の約定があつた。和泉さ江子は被告の子であり、日高寛はさ江子の内縁の夫であつて、火災当時、ともに被告と世帯を同じくする家族であつた。

したがつて、和泉さ江子と日高寛とが前記放火に加担している以上、被告は、原告から右保険金を受領する権利がない。しかるに、被告はこのことを知りながら、あえて保険金を受領して、利益を得、そのため原告は同額の損害を受けた。

(五)  さらに、原被告間には、普通保険約款二二条二号、一三条により、被保険者が火災の状況調書、損害見積書に不実の表示をなしたときは、原告において損害を填補しない旨の約定があつた。しかるに、被告は前記(三)のとおり火災の状況調書に不実の表示をしたから、原告は被告に対し保険金支払義務がない。しかるに、被告はこのことを知りながら保険金を受領した。

(六)  なお、昭和三三年一二月三〇日、被告は保険金受領に際し、原告に保険金支払い義務がなかつたときは、被告が一切の責任を負い、原告に対して一切の迷惑をかけない旨を特約した。

(七)  以上のとおりであるから、原告は被告に対し、不法行為に基ずく損害賠償、または不当利得返還請求として、金五、三二九、一〇九円およびこれに対する右支払の日である昭和三三年一二月三〇日から完済まで年五分の損害金または利息の支払を求める。

第四、請求の原因に対する認否

(一)  原告主張の(一)のうち、保険契約者、被保険者、が被告であるとの点を否認し、その余の点は不知。保険契約者、被保険者ともに和泉産業有限会社である。ただ契約時には、会社の設立登記前であつたため、形式上保険契約者、被保険者を被告名義としたにすぎない。同会社は契約の三日後である昭和三三年一二月一一日設立登記手続を了したものであり、被告は設立中の会社の機関として同会社のために本件保険契約に及んだものである。したがつて、同会社の設立と同時に本件保険契約関係は当然に和泉産業有限会社に帰属した。仮りにそうでないとしても、保険契約の内容として、会社の設立を条件として、会社が契約者、被保険者となる旨の約定があつた。この点は、原告が保険の目的物件の所有者が会社であると陳述したことからも明らかであつて、この点に関する原告の自白の撤回には異議がある。

(二)  原告主張の(二)のうち、保険の目的物件がその主張の日に焼失したこと、保険金支払日は認めるが、被告が保険金を受領したとの点は否認し、その額は不知。

(三)  原告主張の(三)は、否認する。

(四)  原告主張の(四)のうち、和泉さ江子が被告の子であり、日高寛がさ江子の内縁の夫であることは認めるが、原告主張の保険契約の内容は不知、その余の点は否認する。

(五)  原告主張の(五)のうち、原告主張の保険契約の内容は不知、その余の点は否認する。

(六)  原告主張の(六)は否認する。

第五、抗弁

(一)  仮に、請求の原因(六)の原告主張の特約があつたとしても、違法無効である。

すなわち、

(イ)  この特約は、保険金受領証に印刷されていて、受領者がこれに署名押印しない限り、保険者は保険金の支払をしないという慣行に基ずくいわゆる例文であつて、契約当事者を拘束する有効な意思表示とはいえない。

(ロ)  仮に、(イ)の主張が認められないとしても、この特約を結んだ当時、被告は火災にあつて窮迫しており、保険金を受領する緊急の必要があつたが、右合意をしなければ、原告は保険金を支払わないので、やむなく右特約を結んだものである。原告は被告の窮迫を知り、かつこれを利用して被告と右特約を結んだのであつて、これは公序良俗に反する事項を目的とする法律行為である。

(ハ)  仮に、(イ)(ロ)の主張がともに認められないとしても、被告の意思表示は右(ロ)のように原告の強迫によりなされたものであるから、被告は昭和三七年一一月一日午後三時の本件口頭弁論期日において、取消の意思表示をした。

第六、抗弁に対する認否

被告の抗弁事実は、すべて否認する。

第七、証拠(省略)

理由

一、まず原告主張の保険契約の主体および内容について判断する。

証人仙波淳一および同稲本良作の各証言によつて、いずれも真正に成立したものと認める甲第一号証の一、二および成立に争いない甲第二号証ならびに証人仙波淳一の証言を綜合すれば、昭和三三年一二月九日原告会社松山営業所内において、同社員仙波淳一と日高寛との間で、被告を保険申込者および被保険者と表示して、原告主張のような内容の保険契約の成立手続がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、本件保険契約の申込者、被保険者ともに和泉産業有限会社であり、被告は、設立中の会社の機関として、または同会社の設立を条件として、同会社のために、本件契約を結んだのであるから、同会社の設立と同時に本件保険契約関係は、同会社に帰属したと主張する。なるほど、その方式および趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第九号証によれば、本件契約後の昭和三三年一二月一一日付をもつて松山市唐人町三丁目八番地に被告を取締役として和泉産業有限会社の設立登記がなされていることが認められるが、被告主張の如く本件契約者が同会社を被保険者として成立したというためには、契約当事者間にその旨の合意があることを要するものと解すべきところ、前顕甲第二号証には、保険契約者、被保険者とも被告と表示されているばかりでなく、証人仙波淳一の証言によれば、被告の使者として契約の申込をした日高寛が原告会社社員に対し、設立中の和泉産業有限会社のため本件保険契約を結ぶ旨の意思表示をしたことがないことが認められ、また、証人稲本良作の証言によれば、被告は、保険金受領時においても原告会社社員に対し、和泉産業有限会社のためにその代表者として保険金を受領する旨の意思表示をしていないことが認められるから、被告の主張は採用の限りでない。もつとも、原告は、本件保険の目的物件の所有者が誰かとの点について、昭和三七年七月一九日午後一時の本件口頭弁論期日において、会社のものであると陳述し、被告がこれを認めて援用した後、右陳述は真実に反しかつ錯誤に出たことを理由としてこれを撤回しているが、火災保険契約において、保険の目的物件の所有者が誰であるかという点を明確にする利益は、保険契約上被保険者が明確でない場合において、保険の目的物件の所有者が被保険者であるとの事実上の推定をうけるにとどまると解されるから、この点に関する自白は間接事実に関する事項についての陳述であつて裁判所はその拘束を受けず、また、被保険者が保険契約上明示されている場合には、保険の目的物件の帰属者について判断する要をみないと解される。したがつて、本件保険契約の申込者、被保険者がともに被告であることが、さきに認定したとおり、明らかである本件においては、保険の目的物件の所有者が誰れであるかを認定する必要をみないし、また原告のこの点に関する陳述が自白の撤回として許されるかどうかについて判断を加える必要もないと考える。

二、さて、本件保険の目的物件が昭和三三年一二月二二日火災により焼失したこと、原告が右火災を失火と信じたことおよび原告が保険金を支払つた日が同年同月三〇日であることは、いずれも当事者間に争いがない。しかして、被告名下の印影が被告の印章によるものであることについて当事者間に争いなく、この事実と証人稲本良作の証言とによつて、真正に成立したものと認める甲第四号証の一および同証人の証言を綜合すれば、被告が原告主張の保険金五、三二九、一〇九円を受領したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、そこで、被告の右保険金受領行為が原告主張の如き、保険金詐欺に出たものかどうかについて判断する。

被告が保険契約者となつたこと、および保険金を受領したことはさきに認定したとおりであり、また被告が火災損害査定に立会つたことは、証人稲本良作の証言により認められるけれども、被告が、原告主張の如く、保険金詐欺のため本件火災保険の目的物件に放火することを和泉さ江子、日高寛、〓本信子、伊藤孝之らと共謀し、もしくはその事情を知悉しながら、保険金を受領したとの点および被告が保険の目的物件の時価につきあえて虚偽の申告をしたとの点は、原告挙示の全証拠をもつてするも、肯認するに足りないから、原告主張のその余の点について判断を加えるまでもなく、原告が不法行為を原因として、被告に対し保険金相当の損害賠償を求める請求は、失当である。

四、次に、請求原因(四)ないし(六)の不当利得に基ずく保険金返還請求について判断する。

証人仙波淳一の証言によつて真正に成立したと認める甲第一号証の一および五、同第二号証および成立に争いない甲第一号証の二および同証言によれば、被告は本件火災保険契約を締結するに当り、火災保険普通保険約款を承認したこと、同約款第五条第二号には、「被保険者ト世帯ヲ同ジクスル家族ノ故意ニ因リテ生ジタル損害」(「但シ、被保険者ヲシテ保険金ヲ取得セシムル目的ニ出デザリシ場合ハ比ノ限ニ在ラズ」)については、保険会社が損害填補の責に任じないとの定めがあつたことが認められる。

ところで、右の条項は、被保険者自身には責がなくとも、これと生計を一にする家族が故意に保険事故を招致した場合には、被保険者側から事故招致の動機について反証の機会を留保したうえで、これを保険者免責事由としたものであるから、保険制度の趣旨に照らして妥当な条項と考えられる。しかして、和泉さ江子が被告の子であり、日高寛がさ江子の内縁の夫であることは、当事者間に争いがなく、同人らが昭和三三年一二月二二日の本件火災保険の目的物件が焼失した当時、被告と住居ならびに生計を一にしていたことは、いずれも、その方式および趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第五、第六号証、同第一一号証の二、同第一二、第一三号証および証人仙波淳一の証言によつて認められ、また右和泉さ江子および日高寛が本件保険の目的物件を放火により焼燬した事実は、前顕甲第一一号証の二、同第一三号証およびその方式および趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一一号証の三ないし一〇によつて、優に認めることができ、右各認定に反する証拠はない。

しからば、原告が被告に対し支払つた金五、三二九、一〇九円は、前記普通約款の条項により、原告がその支払義務を免責される場合に該当することが明らかであるから、被告は右保険金を契約上の原因なくして利得したものというべく、そのため原告が同額の損害をうけたことも明らかであるから、被告は原告に対し右保険金を返還する義務があるといわなければならない。

進んで、請求の原因(五)、(六)の原告の主張について検討するのに、被告が故意に火災状況調書、損害見積書に不実の表示をしたとの事実を認めるに足る証拠はないし、また、同(六)の特約の点についても、前顕甲第四号証の一によれば、被告が保険金を受領するに際し、原告主張の如き文言の記載がある領収証に署名押印したことが認められるが、かような文言は、単に保険者である原告が保険契約所定の権利義務以外の責任を負わないとのことを注意的に記載したにすぎないものと解するほかなく、この記載文言をとらえて、原告主張の如き特約があつたと認めることは到底できない。よつて右の各主張は、いずれも採用の限りでない。

五、してみれば、被告は、前記四に認定した事由により、原告に対し、不当に利得した保険金五、三二九、一〇九円の返還義務を負うというべきところ、被告が右保険金を受領した昭和三三年一二月三〇日当時、返還義務を知つていたことを認めるに足る証拠はないから、右不当利得金に対する遅延利息は、被告が訴状送達を受けた昭和三七年二月一七日(この点は記録上明らかである)から請求しうるにすぎない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、原告が被告に対し金五、三二九、一〇九円およびこれに対する昭和三七年二月一七日から支払済に至るまで年五分の遅延利息を求める限度において正当として認容すべく、その余の請求は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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